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村長室です

ようこそ、占冠村へ。

 占冠村長の田中正治です。

 占冠村のホームページにおいでくださり、ありがとうございます。
 このホームページには村の情報が満載です。楽しみながらご活用いただければ幸いです。

 ホームページを見ていきますと、占冠村に開拓の鍬が下ろされた様子が掲載されております。それ以前はどうであったか、興味のあるところではないでしょうか。それでは、占冠村の歴史について、少しお話しをさせていただきます。 

 村史には、「開拓以前の占冠村は古木老樹鬱蒼(こぼくろうじゅうっそう)とそびえ、昼なお暗き原始林でありました。その原始林の中を鵡川、双珠別川などが静かに流れ、鮭・鱒・山女(やまめ)などがあふれるほど棲息しておりましたので、夏・秋の頃この魚群を追って日高アイヌが川を遡上して集まり、狩猟小屋がいたるところにありました。彼らはこれらの魚をとると共にカワウソをとりました。雪が降り始めると仕かけ矢で熊や鹿をとりました」と記載されております。

 さて、その時代はいつ頃なのか推測しますと、道東自動車道(平成23年全線開通)の建設中にシカの落とし穴が占冠地区で発掘され、その際、若干の土器も出土しました。担当した学芸員の話しでは、土器は縄文後期のもので、今から4000年~3000年前とのことです。厳寒の占冠村ですから、定住した形跡はありませんが、脈々と人の営みが続いてきたのは驚きです。

明治時代のホロカトマムの砂金掘りの様子
ホロカトマムの砂金掘りの様子(明治時代)
 時代は変わり、明治40年代には砂金掘りブームが到来しました。
 占冠村のホロカトマム川では、常時20人くらいの人夫が作業し、100匁*(もんめ:375g)以上の金塊が掘り出されました。
   *1匁(3.75g)は、5円硬貨1枚の重さです。

 「この頃掘取った砂金はビール瓶につめて保存するのが普通のようだったが、ホロカ上流で砂金を掘っていた某氏(その頃はお互い名前を知らないまま交際することが多かった)は、白金(はっきん)*1本と砂金2本を掘りためていた。これを木の下に埋め目印にわらじを吊るしておいたが、某氏は旭川の病院で亡くなり、この埋めた砂金はどうなったか知られていない」
といったこぼれ話が、村史に載っていますが、100年近くたった今でも、その砂金が発見されたという話しは、聞いておりません。なんとも、ロマンを感じる逸話です。
   *白金:現代では日常「プラチナ」と呼ばれています。

 占冠村の開拓以前のお話しをさせていただきました。このホームページには載っていない占冠村の秘話がまだまだあります。また折を見てお伝えできればと思います。

 最後までお読みいただきありがとうございました。
   ※参考:占冠村史(昭和38年発行)

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  • 電話:0167-56-2121
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