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占冠村の歴史

明治35年5月に最初の入植者として、佐藤農場支配人の日蔭長松が小作人七戸を連れて入地したところから、村の歴史は始まります。入植者は、双珠別川に沿って農地を耕し、豆などの穀物を育てていました。

地域の歴史

神楽の伝承地双珠別

双珠別神楽の全盛期(昭和7年頃)

双珠別神楽の全盛期(昭和7年頃)

広島県から双珠別地区に入植した開拓の先人たちが、折にふれて演じていたという「広島神楽」は、現在も保存会によって「占冠神楽」として継承されています。 

人の輪が作る地域力

占冠小学校校庭のニレの木

占冠小学校校庭のニレの木

明治から昭和にかけて村で一番栄えた地区、字占冠に1904(明治37)年に、村で初めての学校(簡易教育所)が開所され、のちに占冠小学校となり、開校100周年にあたる2004(平成16)年に閉校となりました。 ニレの木は現在伐採されてありませんが、当時の子どもたちにも希望を与えてくれた存在でした。写真は、中が腐り危険がおよぶかもかもしれないという理由で伐採されるニレの木に、子どもたちがお別れをしているところです。(昭和37年)

峠越え

峠茶屋跡の碑

峠茶屋跡の碑

占冠には昭和56年まで鉄道がありませんでした。人や物資の移動には、険しい峠を越えなければならない歴史がありました。 金山峠をくだり占冠側に入ると、昭和30年頃まで二軒の茶屋が並んで建っていました。現在はその姿はありませんが、峠茶屋の石碑が立てられています。

占冠村の中心地

三国横断バス(昭和4年トラック時代)

三国横断バス(昭和4年トラック時代)

1923(大正12)年に運行を開始した「三国横断バス」は、金山から右左府(現在日高)の間、人や物資を運びました。
現在は、中央地区が占冠村の中心地となり、村役場や郵便局、道の駅、コミュニティプラザ、小学校、中学校、診療所などがあり、人口が最も多く、文化活動の中心地ともなりました。 

問い合せ・担当窓口

企画商工課 企画担当

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