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姉妹都市アスペンの紹介

占冠村の姉妹都市はアメリカ・コロラド州アスペン市です。
アスペンは50年以上の歴史を持つアメリカでも有数のリゾートとして有名です。
では、皆さんにアスペンや占冠村との交流について少しご紹介しましょう。 
町並み

アスペンについて

位置

旗
アスペンは、コロラドの州都・デンバーから西におよそ320km離れたロッキー山脈の山懐にあります。
デンバーからは飛行機で約45分、車では4時間半ほどです。この陸路は長いようですが、コロラドの豊かな自然を楽しんでいるうちに着いてしまいます。 
アスペンへの旅の様子
    • デンバー空港写真

      デンバー空港
      ここから飛行機で45分です。

    • 風景写真

      陸路の場合デンバー空港からは車で約4時間半。写真はバスの車窓から見える風景です。

    • バスの中の風景写真

      バスの中

    • アスペン空港写真

      アスペン空港の中。
      規模は小さめですが上品さの漂う空港です。

    • アスペン空港床写真

      床にはアスペンのシンボル 「アスペンリーフ」が描かれています。

    • 赤石氏写真

      空港で疲れて眠る赤石氏。
      (占冠村役場勤務)

銀の時代

アスペンが生まれたのは1870年代。この時代はロッキー山脈のいたるところで銀が採掘され、アメ リカ各地から銀を求めて大勢の人が集まりました。アスペンでも銀が採掘され、鉄道も2本開通して人口が12,000人にもふくれあがり、コロラドでも3番目に大きい都市になりました。州でも指折りのオペラハウスや高級ホテルが建設され、新聞社が6社もできました。しかし、1893年、ヨーロッパで 銀が大暴落し、その影響がアスペンにも間もなく押し寄せ銀山は次々と閉山に追い込まれました。
1930年には人口は700人にまで減ってしまったのです。 
オペラハウス外観
銀採掘の時代に作られた「ウィーラーオペラハウス」。
中にはオペラホールの他、当時を偲ばせる大金庫や銀製の大鏡などを見ることができます。 
オペラハウス内部
オペラハウスの内部。
現在も音楽祭などで頻繁に利用されています。 

スキー場の開発

このアスペンを救ったのが「雪」です。1930年の後半、著名なスキーヤーをアスペンに呼び、「アスペンマウンテン」のスキーコースを設計しますが、このコースがその後多くの世代をアスペンに呼び寄せることになります。さらに1938年にはソリのような箱を引くリフトが完成。その後世界選手権も開かれ、世界的な規模のスキー場としてアスペンは生まれ変わります。
第2次世界大戦後、アスペンを訪れたウォルター・ペプキという資産家がアスペンに大きな夢を抱きました。彼は多額の投資を市に行いこれを期にアスペンのスキー業界は一気に成長していきます。当時できた1人乗りリフトは世界で最も長いリフトと言われました。 
    • アスペンマウンテン
    • アスペンマウンテン
    • アスペンマウンテン
スキー場
気温が低く、湿度も低いため、恐ろしく雪質が良いのがアスペンのスキー場の特徴です。わかりやすく言うと、多少ヘタクソでも上手に滑ることができるということです。 
スキー場
スキー場の頂上へ行くと、眼前にロッキー山脈が広がります。 

リゾートと文化の街アスペン

アスペンが発展したのはスキー場のためばかりではありません。ペプキは夏の文化的事業を始めましたが、「ゲーテ200年祭」には、アーサー・ルビンシュタイン、シュバイツアー博士などが参加。これを機にアスペン研究所が組織されていきます。また、国際デザイン会議やアスペン音楽祭などが定着し、多くの国際会議や音楽会が開かれ、学術、文化の面でも優れた都市として発展しています。 
ACES(アスペン環境研究所)
環境・動植物の生態の研究の他、傷ついた動物のケアなども行ってい ます。 
    • 研究所写真
    • 研究所写真
    • 研究所写真
町の様子
 「カントリーロード」などで有名なジョンデンバーもアスペンに住んでいました。
    • ジョン・デンバーメモリアルパーク写真

      ジョン・デンバーメモリアルパーク

    • 幌馬車写真

      街中をのんびりと走る幌馬車

占冠村とアスペンの交流

1986年、アスペンスキー場とトマムスキー場が友好提携を結びました。これから互いの交流が始まります。
1989年からは中学生の相互訪問が行われました。これは中学生が10日から2週間程度お互いの町を訪問し、ホームステイをしながら学校の授業や様々な文化体験をするものです。今までに 双方から多くの中学生が太平洋を越えて交流しています。
また、共同事業として、占冠村を通る国道237号の街並みのデザイン、写真集の発行、住民の相互訪問、国際会議の開催などを行っています。アスペンから占冠村に招いている英語講師も現在6代目となり、村の子供たちや住民に生きた英語と文化を伝えています。
このような交流を行いながら、1991年8月29日アスペン市において姉妹都市提携調印式が行われました。
雄大なロッキー山脈の自然と豊かな文化を楽しめる私たちの姉妹都市アスペンを、ぜひ訪れてみてください。 
アスペン中学校を訪問
    • 交流の様子写真

      日本文化と占冠村を紹介している様子。説明しているのは占冠村役場の阿部さん。

    • 交流の様子写真

      日本文化の学習として折り紙なんぞ折ってみましょう。

ウェルカムディナー
    • 交流の様子写真

      ウェルカムディナーの一コマ。

    • 交流の様子写真

      扇子を持って踊る青年 in Aspen
      彼は今英語教師として占冠村に住んでいます。

問い合せ・担当窓口

企画商工課 企画担当

  • 電話:0167-56-2124
  • ファックス:0167-56-2184